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奥田のコラム

21世紀養生塾沖縄「天遊会」代表の奥田清志です。
ここでは健康に関する事を中心に、印象深い日々の出来事や、時には忘れ難い過去の思い出話なども含め、私の近況報告とさせていただきます。
( コラム中の画像はクリックで拡大します)
奥田清志


奥田のコラム(NO278) 2018年、平昌(ピョンチャン冬季オリンピック ( 2018/02/28 )

 
 2018年冬季オリンピックフィギアスケートで活躍した選手たち

 
 2018年冬季オリンピックスピードスケートで金メダルの小平奈緒選手

 
 2018年冬季オリンピック団体パシュートで見事金メダル獲得の選手たち

 
 2018年冬季オリンピックでマススタートで優勝した高木菜那選手

 
 元気いっぱいのカーリング女子チーム

 
 2018年冬季オリンピックで活躍しメダリストになった選手たち

 2018年、第23回冬季オリンピック平昌大会が幕を閉じました。スタート時点では何故か、あまり関心が湧かず、開会式もテレビニュースで観る程度の私でしたが、フィギアスケートの羽生結弦選手(23歳)と宇野昌磨選手(20歳)の、まるで神業とも思える完璧の演技と、それに、密かに応援していた宮原知子選手(19歳)の格調高い会心の演技にも魅せられ、私のピョンチャンへの関心度は一気に燃え上がる事となりました。

 結果的には、日本選手団のメダルは金(4)、銀(5)、銅(4)と史上最多の13個となり、実に興味深い大会となりましたが、何と言ってもこのピョンチャン大会で咲かせた”日本の花”は、終盤戦に於ける女子スピードスケートと女子カーリングによる日本女性軍団の大活躍ではなかったかと思うのです。

 <女子スピードスケート>

(1)500mスピードスケートをオリンピック新記録で圧勝した小平奈緒選手(31)の勇姿に感動を覚えました。小平選手は500mでの金メダルの他にも1,000mでの銀メダルにも輝きました。彼女が日本選手団の主将として発したインタビューの言葉"百花撩乱"の下りは実に名言であったし、私は大きな感銘を受けました。

(2)団体女子追い抜きスケートでは、高木美帆選手(23歳)を中心とした日本チーム、菊池彩花(30歳)、佐藤綾乃(21歳)、高木菜那(25歳)の4選手が世界の強豪オランダを破るまさかの偉業を成し遂げました。高木美帆選手は一人で金、銀、銅のメダルを獲得しました。

(3)今回の大会で初めて採用される事となった新種のマススタートは、決勝戦に勝ち残った16人の中で、最も小柄で身長155cmの高木菜那選手が、一瞬の隙を突いて、ものの見事に第1位でゴールインを果たしたのですから、私にはまるで夢の中の風景を見ている思いがありました。
 高木菜那選手は団体女子追い抜き戦に続き、一人で2個の金メダルを獲得、姉妹合わせると二人で何と5個のメダルを獲ったのですから、前代未聞の大快挙というほかに言葉が見つかりません。

  <女子カーリングの奇蹟>

 ピョンチャンオリンピックの最後の最後に、最大のドラマが待ち受けておりました。
北海道北見市の小さな町(常呂)に拠点を置くLS北見カーリングチームが、3位決定戦で銅メダルを賭けた英国との死闘を5−3で逆転勝利をしたのですから、もう言葉にならない感動でした。この勝利の瞬間のテレビ視聴率は、何と42.3%だったのだそうですから、日本中の人がこのカーリングの勝利に酔いしれていた事になるのです。

 北海道北見市の常呂の町に拠点を置いて頑張ったLC北見カーリングチームは、一夜にして日本中に、もしかして世界中に、その名を轟かせる事になったかも知れないのですから、これ程のドラマにはめったに出会えるものではありません。

 彼女たちの"そだね"は一夜にして世界の合言葉になった感があります。私はこの一言の中には北見の人たちの優しさが凝縮されていると思い、行けるものなら一度は行ってみたいと思い、地図を手にしてみたのですが、北見市はともかく、常呂の地は一人でいったら帰って来られないかも知れないと思えるほどの最果ての地にあり、一瞬私の心は止まったままになっております。 

カーリング選手の一人、吉田知那美選手の言葉が、深く印象に残っております。【私は小さい頃から夢のない小さな町に住むのが嫌だと思っていたのに、カーリングのお陰でその町が今夢いっぱいの町になった事が嬉しくてたまりません】。
北見市の皆さん、常呂の皆さん、これからは胸を張って世界に羽ばたいて下さい。
北見とは対極の地にある私達の沖縄からも応援させていただきます。本当に本当におめでとうございます。そして感動を有難うございました。
                        2018年2月28日の記

追伸:メダルを獲られた選手の皆さんには、大きな拍手と心からのおめでとうを申し上げます。メダルには届かなかった選手の皆さんには、極寒の中の検討を讃えたいと思います。オリンピック参加という名誉ある体験が、これからの皆さんの人生にお役に立つことを心から念じます。ピョンチャンオリンピックに携わった関係者の方々のご苦労にも敬意を表します。


奥田のコラム(NO277) 稲葉耶季先生の想い出 ( 2018/02/12 )

 
 稲葉先生のお写真

 
 帯津先生講演会にて(右端)

 
 帯津先生講演会にて(前列左から3番目)

 
 玉城先生の人生塾にて(右端2番目)

 
 稲葉先生出版記念祝賀会にて

 
 稲葉先生の著書

  2018年1月20日の新聞で、稲葉耶季先生の訃報を知った時は、自分の目を疑ったほどの驚きでした。私のイメージの中では、稲葉先生こそは軽々と100歳人生を越えるであろうと思っていただけに、75歳で他界された事には、未だに何とも合点のいかない思いであります。
 新聞の報道によれば、「1月14日午後4時54分、病気のため那覇市の自宅で死去、75歳。葬儀は18日に近親者のみで行った」、とだけしか記載されていなかった為、お線香もあげられないお別れとなってしまった無念さが、心に残るばかりであります。

 稲葉先生との出会いは、今から14〜5年位前の事かと記憶しております。
その頃の私は”気功”の指導員として、南城市の各地の公民館を巡る日々が続いていて、その日はあの ”神ノ島” と言われる久高島に渡る日でありました。
 たまたまその久高島に渡る船の待合室で稲葉先生と出会い、私は裁判官であられた稲葉先生のお名前もお顔も存じ上げておりましたので、私の方からお声をかけさせていただきました。稲葉先生から私の職業を聞かれましたので、”気功・太極拳養生塾「天遊会」主宰” と書いた名刺をお渡しすると、とても強い関心を示してくださり、以来折に触れての出会いをさせていただくご縁が続くことになりました。

 久高島に向かう船の中で耳にした稲葉先生の言葉が忘れられません。稲葉先生は裁判事など深く考えねばならない時には久高島に渡り、久高島に借りている小さな家にこもり、ひたすら瞑想にふけるのだそうです。すると天からのお告げが降りてきて、そのお告げに従って事をすすめると、大抵の事はうまく解決すると申しておられました。

 稲葉先生は、私が健康人生の師と仰ぐ帯津良一先生が大好きで、年に一度位の割合で開かれている沖縄での ”帯津良一健康講演会” には、いつも満面の笑顔で参加してくださっておりました。稲葉先生の座る席は、いつも帯津先生の真ん前で、しかも一番前の列と決まっておりました。

 さて私には稲葉先生の事で、どうしても忘れられないもう一つの想い出があるのです。
私はいつ、どこで稲葉先生に私の太極拳を観ていただいたかの記憶は全く無いのですが、ある日、帯津先生の講演会の席で、稲葉先生から一枚の小さなメモ用紙を渡されたのです。そのメモ用紙には次の言葉が書かれてありました。『私は奥田先生の太極拳が大好きです。是非ともご指導いただきたいので、くれぐれもよろしくお願い申し上げます』と。
 稲葉先生は知る人ぞ知る著名な裁判官でした。そんな偉い方から、上記のようなお願い事をされるなどとは夢にも思っていなかったので、本当にびっくりしたのですが、あまりに謙虚な稲葉先生のお言葉に、私は深く心を打たれ、その時から私は改めて稲葉先生のお言葉に恥じない太極拳を心掛けようと自分に言い聞かせているのです。

 稲葉先生は定年退職をされた後は、私財を投じ、ネパールに “ヒマラヤ稲葉学校” を設立する運動を展開されたと聞いております。弁護士になられた後はインドに渡られ、今度は仏教徒としての修行を積まれ “得度” して臨済宗の僧侶となり “断食瞑想会” を主宰、更には沖縄の辺野古基地反対運動にも熱心に参加されておられたとの事です。
稲葉先生は常に宇宙からの視点で物事を考える方であり、私は深く尊敬しております。

 稲葉先生は “人の魂は生死を超越して永遠不滅である”、との哲学を生きられた方ですから、その稲葉先生に “お悔やみの言葉” をかけるのは失礼に当たるのかも知れません。そこで 私は稲葉先生に次の言葉をかけて魂の再会の時をお願いしようと思います。『稲葉先生、沖縄でご縁をいただけた事を深く感謝いたします。私もいずれそちらに参りますので、その時また私達の太極拳にも加わって頂き、永遠に楽しい時空人生を共に過ごさせて頂けます事を念じております。本当に有難うございました。感謝ばかりです』。

       2018年2月12日の記


奥田のコラム(NO276) 嬉しい年賀状と希望の2018年 ( 2018/01/14 )

 
 2018年に出した私達からの年賀状

 
 普久原恒勇先生からいただいた貴重な有り難い年賀状

 
 石垣島の仲吉委子さんからいただいた有り難い嬉しい年賀状

 
 

 
 

 
 

 新年早々の沖縄は、元旦から5〜6日頃までは晴天に恵まれ、気温も23度前後とまるで天国のようなポカポカ陽気のお正月でしたが、1月7日から急転直下、一気に10度位気温が下がり、しかも雨・雨・雨。1月の12日には何とこの沖縄に”みぞれ”が降り、県民を震え上がらせる事態となりました。

 私が主催している太極拳教室に、昨年暮れから北海道札幌出身の男性が参加しておられるのですが、私達ウチナンチュー(沖縄県民)が寒さに震えているのに、”北海道ではこのぐらいは10月下旬位の気候ですよ・・・” と言われたのですから、これまたびっくり!!。私達ウチナンチューがもし北海道の真冬に大挙して移動させられるとしたら、もしかして殆どの人は生きているのも難しいかも知れないと思った次第であります。
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 さて2018年の私達夫婦は、私が82歳、家内が72歳という年齢になります。今年は写真@のような年賀状をつくって友人、知人に送ったのですが、何人かの方々からまさかの嬉しい返信の年賀状が返ってきて、私を大変喜ばせてくれているのです。
その中からお二人の年賀状を今日のコラムに紹介させていただこうと思います。

 お一人は、沖縄の人であれば知らない人はいないかも知れない著名な作曲家の普久原恒勇先生です。普久原先生のお宅には10年程前に、2カ年ぐらいの間、毎週1回の割合で、私流の気功&健康法を教えさせて頂いた事があるのです。

 普久原先生が、私の考える沖縄発養生太極拳に、関心を抱いて下さり、励まして下さる事は、私に100倍の勇気を与えて下さる気がして、私は本当に嬉しくて有難いのです。感謝です。感動です。普久原先生本当に有難うございます。
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 もうお一人からの年賀状は、石垣島にお住いになっておられる南島詩人の仲吉委子さんからのものです。仲吉さんとのご縁は、これも今から10数年程前に、石垣市政50周年記念の”とばらーま大会”があり、私はその大会に、事もあろうにバイオリンとピアノの伴奏で、しかも英語で ”とばらーま” を唄わせていただいたのが仲吉さんとのご縁の始まりです。

 私は数年前から、この石垣島に伝わる有名な古典音楽の”鷲の鳥節”による太極拳に取り組ませていただいているのですが、仲吉さんもこの太極拳に関心がおありであることを知り、これ程嬉しい事はありません。石垣島は古典芸能を厳守する事で有名な島と聞かされておりますので、私流の ”鷲の鳥節太極拳” がどこまで受け入れられるのかはまるで予想はつかないのです。

 仲吉さんからの嬉しい年賀状に、私の心は密かに燃えるものがあるのです。誠に有難く心からのお礼を申し上げねばなりません。世界の誰もがまだトライした事がないであろう ”鷲の鳥節太極拳” を一日も早く仲吉さんに観ていただける日の来る事を願っております。
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 2018年は上記のお二人からの本当に嬉しい励ましの年賀状を頂き、今年の私は、まさに勇気100倍の心意気であります。沖縄音楽と太極拳によるコラボの新境地を拓き、世界中に拡がるウチナンチュー(沖縄出身者)に発信してみたいと願う2018年の私であります。

 私はあと半年で82歳になりますが、どうやら100歳まで元気で生きられそうな気がしておりますので、"沖縄発養生太極拳" の実現に向かって頑張ってみようと念じております。
                       
               2018年1月13日の記

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