 | (No.68)世界陸上ベルリンマラソンとベルリンの思い出 | ( 2009/09/07 ) |          |  2009年世界陸上大会の花は、何と言っても、ジャマイカのボルト選手(23歳)による超世界記録(100m/9.5秒、200m/19.19秒)なのかも知れませんが、マラソン大好き人間の私にとっては、男子マラソンの佐藤敦之選手(6位入賞)や女子マラソンの尾崎好美選手(堂々の銀メダリスト)の熱走ぶりに、思わず身を乗り出して、必死のテレビ応援をせずにはいられませんでした。
ボルト選手のような、まるで人間離れをした人の超人記録には、只只"凄い"と言う以外に表現の言葉が見つからないのですが、佐藤選手や尾崎選手の様なごく普通の身の丈をしたマラソンランナーの激走ぶりには、何かしら人生そのものを駆け抜けていく、ひたむきな姿が感じられて特別な共感を覚えてしまうのです。とは言え、一度でもマラソンを体験した人であれば、いや、走りを重ねれば重ねる程に、42.195キロの距離を2時間そこそこで走る人の偉大さは只事ではない事に気付くのです。よちよち走りを自認する私などには、彼らの走る姿は神業としか思えないのです。佐藤選手の2:12:15秒、尾崎選手の2:25:25秒、共に深々と頭の下がる感動のレースでした。心の底から賞賛の拍手を贈りたいものであります。
2009世界陸上ベルリンマラソンを拝見しながら、私は今から18年前(当時55歳)のベルリンマラソンに参加した時の事を思い出しておりました。毎年9月に開催されるベルリンマラソンのラストランは、今回の世界陸上マラソンコースとほぼ同じ所を走るのですから、今回の世界陸上マラソンには特別に思い出深いものがありました。 1991年のベルリンマラソンは、あのベルリンの壁が崩壊した直後のマラソンでしたので、とても印象深く、当時のブランデンブルグ門前の広場では、いたるところでベルリンの壁を壊した石ころがお土産として売られておりました。つい私も手を出してしまったのですが、今となっては、その時の石ころが、ベルリンマラソンの忘れられない思い出として、今も大切に私の身近に置かれているのです。何しろこの石ころにはベルリンの歴史が深く刻み込まれているのですから・・・。
或るテレビ番組で、世界陸上ベルリン大会を記念して、ベルリンの街角を紹介しておりましたが、私達が訪れた時とはかなり様変わりをした"平和の象徴"のような街の様子が映り出されておりました。緑とスポーツは平和の象徴と言われますが、ベルリンの街は1/3が緑に覆われているそうです。市の中心にある「ティーアガルテン公園」は、ニューヨークのセントラルパークに匹敵する程の緑溢れる大公園だそうです。 ベルリンはまた、ジョギングが盛んな街としても有名で、子供から老人に至るまで、誰もが自分流のスタイルで楽しめる長短のマラソンが毎週のように開かれているそうです。ドイツ全体としては、大小のスポーツ倶楽部が、何と90,000施設も完備されていて、3人に1人ぐらいの割合で、どこかのスポーツ倶楽部に入会してスポーツ人生をエンジョイしているのだそうですから、何とも羨ましい限りです。
さて、ベルリンのマラソンコースは世界最速のタイムが期待できる、世界で一番走りやすい環境にあると言われます。あの高橋尚子選手も2001年の大会で、2:19:46秒という素晴らしい世界記録で優勝しております。恥ずかしながら、よちよち走りを自認していたこの私でさえもが、ベルリンマラソンではノンストップ走の4:13:58秒の自己ベストが出ているのですから、とにかくベルリンはランナーの背中を押してくれる、走る人に優しい街なのでしょう。私は出来ればもう一度また、今度は10キロ位のコースをゆっくりと走り歩きをしてみたい思いに駆られているのです。マラソンには様々な人生模様があるように思えてなりません。私はゆっくりと長〜いマラソン人生を楽しんでみたいのです。
写真上:尾崎好美選手、ボルト選手、佐藤敦之選手 写真中:1991年ベルリンマラソンにて(奧田) 写真下:ベルリンの壁石 | |  |